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書評『日本史の謎は「地形」で解ける【環境・民族篇】』

非常に面白い本でした。

 

推理小説風な内容なので、以下ネタバレ含みますがメモです。

 

 

#############ネタバレ注意#####################

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メモ:

・信長が安土に城を築いたのは、この場所が交通の要衝であるなか、水戦が得意であったこと以外に、「津島」の原風景(木曽川の氾濫で湿地帯)があったのでは

・新潟では戦後まで胸まで浸かって稲作をしていた。1972年に関屋分水路の竣工。

駿河は、背後に険しい山・前面に遠浅の海・東に由井の薩埵峠・西に岡部の宇津之谷峠と地形で防御されている。鎌倉の相似形。戦後、薩埵峠を超える際に東名高速は海に張り出し、東海道新幹線はトンネルを作った。宇津之谷峠は日本坂トンネル

・江戸は「下肥」で臭かった。ヨーロッパには人間の屎尿を肥料にする発想が無かった。明治になり田畑が市街地化され、疫病が蔓延し、1984年に神田下水道事業が着手。

・一人の人間は年間50kgの下肥を排出しており、総人口で500万トン相当の下肥肥料が存在。トイレや下水道で屎尿をどのように下肥肥料化するかが課題。

・1997年のリン鉱石の埋蔵量を100とすると、2030年には50、2050年には30程度に減少すると予想されている。

・渡り鳥の糞はリン鉱石

・治水の原則は水位を低くする、水圧が掛かる基礎は深く掘る。

明治新政府は税収欲しさに二番堤の撤去、一番堤の嵩上げと、治水の原則とは反対の施策を行った

奈良時代以降に正倉院宝物が盗難されなかったのは奈良の都市の密さがあったと思われる

・日本文明は、平安時代以降、牛を去勢せず、牛車を衰退させた。結果として、道路が人間のサイズになってしまった。舟運と比べて陸運も発達しなかった。「人力車」の発明。

東海道は53の宿場があったが、14日程度江戸から京都間は歩けた。「治安が悪い」イメージで宿場が発達したが、実際は幼少時代の本因坊秀策が一人旅をしたように、安全だった。

・滋賀から京都への逢坂越えの際の牛車のための「車石」は京都市内の三条まであったが、のちに路面電車の線路となった

・地籍が確定していなければいないほど、歴史がある。大阪府は最も地籍が確定していない自治体。大阪の独特の路地文化、皮膚感覚。

・雪と島で閉じこもる日本人。閉じこもってからの対象物の観察と細工。

・映画館は深い雪を一時的に思い出させてくれる?

発電所の冷却水が海水温度の上昇を急速化させている可能性

・参勤交代が日本語の分裂を防ぎせいぜい方言化ぐらいにとどめた?

 

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